「彼岸花」という言い方もあれば「曼殊沙華」もあるけれど、別物だとか・・・
消し壺をこそぐりおれば一日の終りに暗い夜が来ている 方代
(気楽で気ままな生活であっても、気分が乗らない時もあれば、人生に疲れることもあるでしょう。そんな「お疲れのとき」には、ユーモアでごまかせないこともあるでしょう。そんな裏表をむき出しにするは歌人はいいですね。私はですから、一茶も好きですし、山頭火も好きです。嘘がないまぜになっている人も好きです。)
・・・・・・・
今日もまた全部が自分のままなれば「何もしない」を選ぶ日もあり
・・・・・・
「彼岸花」って「曼殊沙華」とは似て非なるものだとかあるサイトでの説明です。
彼岸花(ひがんばな)の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。上記の飢餓植物としての面から一考する価値はあると思われる。別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来する。また、"天上の花"という意味も持っており、相反するものがある(仏教の経典より)。仏教でいう曼珠沙華は「白くやわらかな花」であり、ヒガンバナの外観とは似ても似つかぬものである(近縁種ナツズイセンの花は白い)。 『万葉集』にみえる"いちしの花"を彼岸花とする説もある。「路のべの壱師の花の灼然く人皆知りぬ我が恋妻は」(11・2480)
異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもある。一方、欧米では園芸品種が多く開発されている。園芸品種には赤のほか白、黄色の花弁をもつものがある。日本での別名・方言は千以上が知られている[2]。
また、韓国では夏水仙のことを花と葉が同時に出ることはないから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で「相思華」と呼ぶのに、彼岸花も同じく花と葉が同時に出ることはないので彼岸花も相思花と呼ぶことが多い。
学名のLycoris(リコリス)とはギリシャ神話の女神、海の精:ネレイドの一人、Lycoriasの名前からとられたもの。
・・・・・・・
万葉集では彼岸花は「いちし」とか。
・・・・・・